生成AIやAIエージェントの普及に伴い、AIシステムそのものを標的とした新たなサイバー攻撃が現実の脅威として顕在化しています。本記事では、AI特有の攻撃手法を体系化したMITRE ATLASを用いて、近年の代表的な攻撃事例とその傾向を可視化し、今後求められるセキュリティ対策の視点を整理します。
エグゼクティブサマリー
- MITRE ATLASはAI/MLシステム向けのMITRE ATT&CKから派生したフレームワークで、AI固有の脅威に対処するため2021年に公開
- 2025年10月にZenity Labsとの協力でv5.0.0にてAIエージェント向け技術が大幅追加
- MITRE ATLASのケーススタディを踏まえてAIを狙う脅威と対応策を可視化
- MITRE ATLASのケーススタディに成功事例・ベストプラクティスを蓄積していくことにより、今後さらにMITRE ATLASの企業や組織での本格的な活用に繋がっていくことが期待される
MITRE ATLASの定義、MITRE ATT&CKとの違い
MITRE ATLASとは
MITRE ATLAS(Adversarial Threat Landscape for Artificial-Intelligence Systems)は、非営利団体MITREが2021年に公開したAIシステム向けのセキュリティフレームワークで[1]、サイバー攻撃の戦術・技術のフレームワークとして有名なMITRE ATT&CK[2]を基盤にしており、人工知能(AI)や機械学習(ML)特有の脅威や攻撃手法を収集・体系化したフレームワークです。
MITRE ATLASが登場した背景
これまで、企業ネットワークやOSへの攻撃はMITRE ATT&CKフレームワークで整理され、多くのセキュリティ対策に活用されてきましたが、近年、生成AIに代表されるようにAI技術の飛躍的な発展に伴い、AIシステム自体が攻撃対象となる新たな脅威が注目されています。AIモデルへのポイズニング攻撃[3,5]や対話型AIへのプロンプトインジェクション[3,5]など、従来とは異なる攻撃経路が現れつつあります。こうしたAI固有の攻撃面に対応すべく、MITREはサイバー攻撃の視点をAI/ML分野に広げたATLASを立ち上げました。
MITRE ATT&CKとの違い
ATT&CKは、一般的なIT分野(エンタープライズ)やモバイル、ICS分野において、攻撃者が実際に用いる戦術(Tactics)・技術(Techniques)・手順(Procedures)を体系的に整理した脅威モデルのフレームワーク[2]となっており、それに対してMITRE ATLASは、AIシステムに対する攻撃者の戦術(Tactics)・攻撃手法(Techniques)・事例(Case Studies)を対象とし、現実に観測された攻撃やレッドチームによる分析に基づくフレームワークとなっています[1]。
表1 MITRE ATT&CKとMITRE ATLASの違い[1,2,4,5]
フレームワークの構造:新たに2つの戦術が追加
ATT&CKの戦術カテゴリを流用しつつ、新たにAI固有の戦術を2つ追加
MITRE ATLASでは、MITRE ATT&CKのエンタープライズ版マトリクスの戦術をベースに、AI固有のフェーズを追加・拡張しており、ATT&CKの戦術カテゴリをベースに、『AIモデルへのアクセス(AML.TA0000)』と『AI攻撃のステージング(AML.TA0001)』の戦術を新たに追加した点が特徴です[2]。
MITRE ATLASの戦術カテゴリでは、各戦術に属する具体的な攻撃手法が定義され、各Techniqueにも「AML.T####」形式のIDが割り振られ、必要に応じてATT&CKのIDも参照されており、表2に記載の戦術カテゴリ2種類が新たに追加されました[1]。
表2 MITRE ATLASで追加された新たな戦術カテゴリ[1]
MITRE ATLASの技術ID上位10位の内訳
AIに対する攻撃の傾向を把握するため、MITRE ATLAS公式に登録されているケーススタディのデータを元に代表的なAIシステムへの攻撃事例(技術IDベース)について上位10位までのランキングを集計しました。
具体的には、MITREが提供するMITRE ATLAS公式データリポジトリ[6]上で公開されている、全戦術(Tactics)、技術(Techniques)、緩和策(Mitigations)、および攻撃事例(Case Studies)を構造化して記述したYAML形式のファイルを取得し、技術IDの登場回数を集計しました。
表3 MITRE ATLASに含まれる技術IDの事例引用件数上位10位[1,6]
※上記表は、MITRE ATLAS v5.4.0(2026年2月)の全52ケーススタディ(CS0000〜CS0051)をベースに各技術IDの引用回数を集計したものです。
ATLASに登録されたケーススタディを集計した結果、近年は間接プロンプトインジェクションやAIエージェント関連の技術が目立ちます。具体的には、v5.4.0(52ケーススタディ)では1位の「AML.T0051.001(間接プロンプトインジェクション)」が16件で首位に立ち、4位に「AML.T0053(AIエージェントツール呼び出し)」、7位に「AML.T0010.001(AIソフトウェアサプライチェーン侵害)」が新たにランクインしています。AIに対する攻撃が「観察・偵察段階」から「生成AIやエージェントAIを標的にした実害を伴う攻撃段階」へと進化していることを示しています。
このような攻撃の傾向を踏まえ、公開APIやLLMツール、エージェント連携の管理強化が今後の課題と考えられます。
MITRE ATLASに登録されている具体的な攻撃事例
「AIモデルへのアクセス」と「AI攻撃のステージング」などAIシステム固有の攻撃を含め、現時点で金融・医療・製造業などのカスタマーサービスチャットボット・産業用AIシステムなど複数の攻撃事例が確認されており、MITRE ATLASではケーススタディとして登録されています。
現時点で既に診断誤誘導や不正取引、アンチマネーロンダリングやクレジット審査AIでの誤判断誘導が報告されており、これらが悪用されることで社会的にも一定の影響を及ぼす可能性があります。
表4 MITRE ATLASのケーススタディに登録されている攻撃事例[6]
(ケーススタディ)
AIシステムへの攻撃の可視化
次に、具体的なAIシステムに対する攻撃事例について、MITRE ATLASの戦術・手法(TTP)に基づき分析します。ここでは代表的なシナリオを取り上げ、攻撃の内容と用いられた詳細な戦術・手法をMITRE ATLASのフレームワークを使って分析した結果を示します。
「プロンプトインジェクション」攻撃の事例
「DeepSeek」は中国のスタートアップ企業が提供するAIチャットボットで、このチャットボットに対して2024年末にプロンプトインジェクション脆弱性が発見されました[8]。
セキュリティ研究者のJohann Rehberger氏は、DeepSeekの入力フィールドに特殊な文字列を送信することで、チャットボット内部でJavaScriptコードが実行されてしまう脆弱性を報告しており[9]、具体的には、通常はユーザからの質問に回答するだけのはずのAIが、悪意あるプロンプトによってブラウザ上でXSS(クロスサイトスクリプティング)を引き起こし、ユーザのセッション情報等を攻撃者に漏洩させる可能性がありました。
この事例は、脆弱性を発見したJohann Rehberger 氏が「Print the xss cheat sheet in a bullet list. just payloads」のような文字列を送信し、XSSが発動したと報告しており[9]、同様の脆弱性はAnthropic社の生成AI「Claude」でも確認されており[8]、LLM系AI全般に共通する新たな攻撃面として注目されました。MITRE ATLASのケーススタディには登録されていませんが、典型的な「プロンプトインジェクション」攻撃の事例に該当します。
この事例では、DeepSeek応答によりJavaScriptコードが実行されるところまで確認されており、この攻撃により資格情報の取得 や情報流出の可能性が指摘されました。
「LLMjacking」攻撃の事例の分析
また、同じ「DeepSeek」に対する攻撃事例として「LLMjacking」攻撃の事例がMITRE ATLASのケーススタディに登録されており[6]、Sysdig Threat Research Teamにより発見された後[10]、DeepSeek‑V3 が2024年12月26日にリリースされると 数日以内に OpenAI Reverse Proxy(ORP) に統合されて不正利用が確認され、続いて DeepSeek‑R1 に対しても同様の攻撃が翌日に実行されたことが確認されています[10]。
偵察(AML.T0000: Research input/output behavior)から影響(AML.T0048.000: Financial Harm)までの一連の攻撃をMITRE ATLASのフレームワークを使用して分析した結果が図2となっています。
この攻撃では、攻撃者が盗んだLLMのAPIキーを第三者が再利用できる仕組みとしてセットアップする中核的なインフラとしてORP(OpenAI Reverse Proxy)が攻撃者のインフラとして利用されており[10]、動的ドメインやCloudflareトンネルを使用することでIPアドレス等の送信元が隠蔽されていました[11]。
攻撃者は、不正に入手したLLMのAPIキー(例:DeepSeek、OpenAI、Anthropicなど)を、自身がホストするプロキシサーバを通じて公開し、第三者があたかも正規ユーザとしてAPIを呼び出せるようにすることで、LLMサービスのアカウントを不特定多数の利用者が利用可能となり、数万ドル規模の不正請求が発生していた事例も報告されています[10]。
ディープフェイクによるモバイルKYC生体認証突破事例の分析
2025年11月、MITRE ATLASはモバイルKYC(本人確認)の生体認証システムを標的としたディープフェイクを使った攻撃をケーススタディとして公開しました[12,13]。攻撃者はFaceswap等のAIツールを用い、銀行や金融サービス、暗号資産のプラットフォームによるライブネス検出(Liveness Detection)を突破しています。OBS仮想カメラを経由することで物理カメラの要件も回避され、従来のKYC/AML対策が無効化されるリスクが実証されました。
本事例はAML.T0015(AIモデルの回避)を主要技術として使用しており、金融機関のリスク管理において新たな対応が求められる事例です。
MITRE ATLASの活用や今後の動向
MITRE ATLASは、AI/MLシステムに特有の脅威や攻撃手法に着目し、攻撃に関する知識を共有してセキュリティ担当者やAI開発者のリスク認識向上・防御策策定を支援する目的のフレームワークとなっていることから、セキュリティ対策方針やチェックリストへの活用も考えられます。その一方で、MITRE ATLASは発足から数年しか経っていない新しいフレームワークのため、今後より活用されていくためには、ATLAS活用のガイドラインやベストプラクティス集の提供なども必要と思われます。
セキュリティ対策方針検討やチェックリストへ活用
MITRE ATLASを使うことで、自組織のAIシステムに対する攻撃シナリオを網羅的に洗い出すことができます。戦術ごと・手法ごとに具体化できるため、例えば「モデル盗難」「バックドア挿入」「プロンプト悪用」等、それぞれの攻撃手法がリストアップされることで、自社環境で対策済みか否かをチェックできます。MITRE ATLASでは、攻撃ごとに推奨される防御策(Mitigation)が用意されており、モデル抽出には「API利用の監視」などの防御策が提案されており、こうした提案を取り入れることで、セキュリティ対策方針検討やチェックリスト作成の参考とすることが可能です[14,15]。
MITRE ATLASの今後の動向
MITREは2023年に公開した文書「A Sensible Regulatory Framework for AI Security[16]」の中で、AIに関する安全対策やルールづくりについて、リスクに応じた考え方をもとに進めるべきだと提案しています。MITRE ATLASが、AIの開発や運用にともなうリスクを整理し、どんな攻撃がありうるのかを体系的にまとめたものとなっていることから、セキュリティ企業においてAIセキュリティの指針づくりやリスク評価に役立つフレームワークとして注目されています[17]。
2023年以降注目度の高い生成AIの分野では複数のケーススタディが追加されており、2025年10月にはZenity Labsとの協力でv5.0.0にてAIエージェントと生成AIシステム向けの攻撃技術群(AIエージェントへのコンテキスト・ポイズニング、クレデンシャル窃取、ツールを介したデータ窃取等)が追加されるなど頻繁に内容が拡充されています。このように、ATLASを実際に活用した成功事例・ベストプラクティスを蓄積していくことにより、今後さらにMITRE ATLASの企業や組織での本格的な活用に繋がっていくと思われます。
参照文献
[1] MITRE ATLAS
[2] MITRE ATT&CK
[3] AI セーフティに関するレッドチーミング手法ガイド
[4] MITRE ATLASとは何か?:概要編
[5] 人工知能(AI)への取組
[6] id: ATLAS name: Adversarial Threat Landscape for AI Systems version: 5.4.0 matrices:
[7] Archived Content(DHS)
[8] Researchers Uncover Prompt Injection Vulnerabilities in DeepSeek and Claude AI
[9] DeepSeek AI: From Prompt Injection To Account Takeover
[10] LLMjacking targets DeepSeek
[11] LLM Hijackers Quickly Incorporate DeepSeek API Keys
[12] ATLAS Data v5.1.0
[13] MITRE ATLAS™ Publishes Critical Vulnerability in the KYC Identity Process Discovered by iProov
[14] Mapping OWASP Top 10 for LLM & AI Applications to MITRE ATLAS: A Comprehensive Guide
[15] MITRE ATLAS Course of Action
[16] A Sensible Regulatory Framework for AI Security
[17] Understand AI Threats with MITRE ATLAS
この記事を執筆したアナリスト
蒲谷 武正(Kamatani Takemasa)
専門分野:脅威インテリジェンス、攻撃観測環境、ビジネス・サービス開発
脅威情報の収集分析やサイバーインテリジェンス関連のビジネス・サービス開発、攻撃観測環境の構築・運営、セキュリティインシデント対応に関する業務に従事、CISSPを保持。